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まえがき

計算機システムは,デジタルコンピュータとコンピュータの動作を記述 するソフトウェアからなるシステムである. その基本原理は,問題解決に必要な情報を記号列で表現し,その記号 列をプログラムによって解釈し変換するというものである. この原理は,人間が有限のシンボルから構成された言葉を使って行う知 的活動に対比しうる一般性を持つものである. この原理に基づいて設計された計算機システムは,特定の問題を解くア ナログ機械と異り,原理的には,処理手順が記述可能な任意の問題を解くことが できる汎用の問題解決システムである. 今日の情報化社会は,この原理に基づき開発された多数の計算機システ ムによって支えられている.

ハードウェアとしてのデジタルコンピュータの動作原理とその構造は, 概念的にはごく単純なものである. 汎用の問題解決システムとしての計算機システムの力は,情報を解釈し 変換するソフトウェアによって実現されている. ソフトウェアが対象とする問題は多岐にわたるが,その中でも,低レベ ルで使いにくいデジタルコンピュータ上に,高性能で使いやすい計算機システム を実現するという問題は,計算機システムの研究開発の歴史の初期の頃から研究 されてきた重要なものである. この問題を解決するソフトウェアが,基本ソフトウェアと呼ばれるもの である. 広い意味の基本ソフトウェアは,計算機システムを動かすためのプログ ラムであるOSやネットワークシステムなどが含まれる. 今日の情報処理システムは,この基本ソフトウェアによって実現された 高機能で使いやすい計算機システム上で動作する種々の問題解決ソフトウェアに よって成り立っている.

本書の目的は,デジタルコンピュータの構造と動作原理を理解し,デジ タルコンピュータ上の最初の大規模なソフトウェアであるOSやネットワークシス テムを構成するための基本概念を学ぶことである. 大部分の読者は,計算機システムそのものの研究や開発に関わることは ないであろう. しかしながら,デジタルコンピュータの動作原理を理解し計算機システ ムを実現している基本ソフトウェアの緒概念を学ぶことは,ソフトウェアの開発 や研究にたずさわる者すべてにとって重要と考える. 計算機システムの研究開発の過程は,それ自身,計算機システムによる 複雑な問題解決の典型的な例である. デジタルコンピュータの動作原理と基本ソフトウェアの基本概念の学習 を通じて,その研究開発の過程を追体験することは,計算機システムを用いた新 たな問題解決のためのアイデアの創出や実装技術の構築の土台となると期待される.

この目的を念頭に,まず第1章でチューリングに遡るデジタルコンピュー タによる情報処理の原理を学ぶ. 第2章では,今日の計算機システムを構成する近 代的なハードウェアの構造とソフトウェアの役割を学ぶ. それに続く4つの章で,計算機システムの主要な資源である 計算機能(CPU), メモリ, 入出力装置, および ファイルのそれぞれについて,それらを容易にかつ効率よく利用するために産み 出されたOSの緒概念を学ぶ. 最後の第7章では,実際に計算機システムを実現 するプログラムの記述システムの構造を概観した後,現代の情報処理システムに とって不可欠なネットワークシステムの構造と構成原理の概要を学ぶ.

本書では,論理回路やプログラムに関する基本的な理解以外の特別な知 識を仮定しない. 大学初年度レベルの数学的な素養をもつ者が,「コンピュータはどのよ うに構成され,どうして動くのか」を,学術的な厳密さを持って理解できること を目標に本書を執筆した. この目標を念頭に,本書を,現在の計算機システムに現れる概念の 網羅的な説明ではなく,複雑な計算機システムを,少数の基本原理から出発し, 種々の概念を系統的積み重ね構築していく過程として構成した. 第1章から第7章までを,この順に,一気に読み通せば,現代の情報社会 を支える計算機システムの原理とその構成構造が理解できるはずである.

本書を通じて,読者がデジタルコンピュータを用いた情報処理システム に興味をもち,この分野のより深い学習や研究を始めるきっかけとなれば,著者 の望外の喜びである.